研究紹介

スピンスプレー法による金属酸化物膜の作製

・ スピンスプレー法
スピンスプレー法とは、回転する台座に溶液をスプレーして薄膜を作製する方法です。金属イオンを含む原料溶液、酸化剤などを含む反応溶液をそれぞれ別のノズルから、N2ガスを用いて噴霧します。あらかじめ親水化した基板に金属イオンが吸着し、酸化剤により酸化され、酸化物薄膜が形成されます。100℃未満、大気圧下で合成でき、従来のスパッタ法よりも簡易に作製することができます。

・ フェライト薄膜の作製
スピネルフェライト薄膜形成を行うには、600℃以上の高温・高真空を必要とするスパッタ法が広く行われています。しかし、スパッタ法では堆積させる基板対象が限られてしまう問題があります。当研究室では、平面基板上にフェライト薄膜を堆積させることに特化したプロセスであるスピンスプレー法を開発しました。スピンスプレー法では100℃以下の低温環境で直接基板上にフェライトを簡単に作製することができます。右の図はスピンスプレー法によって実際に成膜したフェライト薄膜の断面です。従来のスパッタ法と同等の均一性・緻密性を有し、スパッタ法を上回る堆積速度を得ることに成功しました。

・ 酸化亜鉛透明導電膜の作製
透明導電膜とは、その名の通り「透明」で「導電性」を持つ薄膜のことです。この特徴から液晶ディスプレイや有機EL、タッチパネルなどに応用されており、現代社会において必要不可欠な材料と言えます。現在、透明導電膜として広く使用されているのは、酸化インジウムにスズをドープしたITOと呼ばれる半導体です。しかし、原料として使用されるインジウムは高価であり安定供給に不安が残ることから、近年安価な亜鉛を使用した酸化亜鉛由来の透明導電膜がその代替材料として注目を集めています。酸化亜鉛透明導電膜は、溶液プロセスでの作製例が非常に少なく、多くはスパッタ法と呼ばれるドライプロセスによって成膜されています。溶液プロセスはドライプロセスにはない多くの利点がありますが、緻密な膜を作ることが難しく、導電性を持たせることが非常に困難です。そのような中で、当研究室ではこのスピンスプレー法を用い、さらにクエン酸の添加や紫外線処理といった様々な工夫を施すことで、世界に先駆けて90℃という低温での酸化亜鉛透明導電膜の作製に成功しました。

新規溶液プロセスの開拓

・ 塩基性ガスアシスト液中成膜法 (Basic Gas assisted Liquid Phase Deposition, BG-LPD)
金属酸化物膜は、固体酸化物型燃料電池、薄膜トランジスタ、太陽電池などの様々な用途で使用されており、新規デバイスの開発と、その成膜手法についての研究が同時に進められています。一般的な金属酸化物膜の成膜手法には高環境負荷な手法が多く、新しい低環境負荷な成膜手法の確立が求められています。本研究室では、一般的に行われている成膜手法に代わる新たな成膜手法として、塩基性ガスアシスト液中成膜法(Basic Gas assisted Liquid Phase Deposition, BG-LPD)について研究を行っています。本手法の特徴は、図のように密閉容器中に原料溶液とpH調整剤を静置し、60℃程度に加熱することで、pH調整剤から塩基性ガスを一度揮発させてから原料溶液に溶解させている点です。塩基性ガスを揮発させてから加えることにより、水溶液にして直接原料溶液に加える場合よりも、緩やかに反応を進行させることが可能です。また、原料溶液のpH、pH調整剤に用いる溶媒の種類などを工夫することによって、様々な種類の金属酸化物膜の作成が期待されております。我々の研究室では本手法を用いて、Ni基板、PES基板の表面に酸化セリウム膜を作成することに成功しています。現在は酸化亜鉛膜やその他イオンドープ酸化物膜への適用について研究を進めています。

・ 界面活性剤配向界面における機能性酸化物ナノシート形成
ナノシートとは厚さが1 nm程度と極めて薄いのに対して、横方向に数µmオーダーの広がりを持った異方性の高い2次元材料のことです。このナノレベルの薄さと高い二次元性により、バルクとは異なる様々な興味深い性質を示すことで注目されています。通常ナノシートは、層状構造を持つ物質を合成し、その層を剥離することで得られます。しかし、層状化合物剥離では、出発材料が層状化合物でなければならない制約があります。当研究室では、気液界面に界面活性剤を配向させ、それをテンプレートとしボトムアップでの酸化物ナノシートの作製を試みています。この手法は、層状化合物をとらない様々な酸化物のナノシートを作製できる可能性があり期待されています。さらに、100℃以下といった低温で酸化物ナノシートが形成できる利点があります。すでに、界面活性剤配向界面を用いることで、コバルト置換フェライト(CoxFe3-xO4)の単格子厚ナノシートの形成が成功しました。この手法により様々な酸化物のナノシートを作製し、特異な形状による面白い物性の発現を目指しています。

・ 機能性酸化亜鉛ナノ構造体の作製
酸化亜鉛中空粒子は、高比表面積、低密度、低屈折率といった特徴から光触媒や色素増感型太陽電池をはじめ、様々な応用が期待されています。しかし中空粒子の合成には、通常ポリスチレン球状粒子などのテンプレートが必須で、複雑な合成プロセスを必要とします。当研究室ではソルボサーマル法を利用したプロセスにより、テンプレートを用いずに低温で酸化亜鉛中空粒子を直接合成することに成功しました。

酸化亜鉛に窒素をドーピングするとバンドギャップが減少するため、可視光にも応答する光触媒としての応用が期待できます。しかし一般的に窒素ドープ酸化亜鉛の作製には、真空環境におけるイオン注入やアンモニア雰囲気中における熱処理など、高エネルギー消費であるポストドーピング技術を必要とします。当研究室では亜鉛アンミン錯体を前駆体溶液として水熱処理を行い、大気下での熱処理でアンモニアを分解することで,低エネルギー消費プロセスによる窒素ドープ酸化亜鉛ナノロッドアレイの作製に成功しています。

生体材料への溶液プロセス応用

・ 金属ガラスの表面改質による次世代インプラント材料の開発
通常、インプラント材料には金属材料が使用されていますが、金属材料を直接体内に埋め込んだ場合、身体が異物として反応してしまい炎症や体外排除などの拒絶反応を起こしてしまいます。よって拒絶反応を起こさないように金属の表面を加工し生体との相性を良くすることが必要となります。
当研究室では近年新しいインプラント材料として注目を集める「金属ガラス」と呼ばれる材料に着目し研究を行っています。金属ガラスは高い機械的強度を持っており新しいインプラント材料として期待されています。しかしながら、金属ガラスは生体に対し不活性であるために骨と結合しないという問題点があります。本研究室では、表面処理手法の一つである水熱電気化学法を駆使して金属ガラス表面を生体活性化し、その表面に骨類似アパタイトを形成することに成功しました。これは金属ガラスを生体活性化したはじめての例です。

・ 酸化物電極を用いたバイオセンサー
バイオセンサーとはDNAや脂質、グルコースといった生体関連物質および有機化合物を認識し、測定対象とするデバイスです。特定の分子を認識する素子には酵素やレセプター、抗体などが使用されており、その多くが生体内で起こる高度な分子認識機構を担う生体材料です。また、特定の分子と酵素やレセプターなどとの反応を電気信号に変換するトランデューサ―には電極や半導体素子、サーミスター、フォトンカウンターなどが使われています。
当研究室では安価なFTO(フッ素ドープ酸化スズ)電極をトランデューサ―とした無標識バイオセンサーを扱っており、特に血中の心筋トロポニンT(注1)を検出対象として定量的に検出する小型バイオセンサーの実現に向け研究を行っています。また、このデバイスを小型化することで反応時間の短縮、使用者の採血量の削減などが見込んでいます。
(注1)心筋トロポニンIとともに心筋の収縮制御を担うタンパク質の構成物質であり、心筋梗塞(MI)診断補助において臨床的な有用性が認められているバイオマーカー

・ 生分解性マグネシウム合金の表面改質による耐食性制御
医療用インプラントの中には骨折固定材、ステント、縫合糸などのように治癒後に不要になる物があります。これらは治癒後生体内で吸収・消失する材料で作製することで患者の身体的・経済的負担を大きく軽減することができます。現在、比較的加わる荷重の小さい部位については、一部に生分解性高分子や生体吸収セラミックスが利用されていますが、それ以外の部位では機械的強度・靭性・剛性などに優れる金属製の生体吸収性材料の開発が必要となっています。
マグネシウム合金は生体吸収性が良く、吸収後の生体への害が小さいため、近年注目を集めています。しかしマグネシウム合金は腐食が速すぎて治癒前に吸収されてしまうため、合金の耐食性を向上させ、治療中は体内に留まり治癒後吸収されるという材料設計が求められています。当研究室ではマグネシウム合金表面にNa3PO4溶液やNaOH溶液中での水熱処理や陽極酸化を行うことにより耐食性を向上させることに成功しました。この耐食性向上のメカニズムを明らかにし耐食性を制御可能にすることで、体の様々な部位への適用が期待されています。